demoscene.jp Japanese demoscene portal

2212月/120

Bad Scene Poets――Demo-graphicsからDemo-graphismへ

In the Name of the Sword (HT) // demo LCP011

In the Name of the Sword / Hack n’ Trade [2011]

 

akaobiです。

コモドール64(C64)に搭載されたSIDチップで作成された音楽の編集物や、C64に関連する話題を、SID Media Labというサイトで公開しています。

ここではデモパーティや、あるいはpouetのようなシーナーの集うリソース・サイト/ウェブ・コミュニティで発表されるようなプロダクトばかりでなく、C64シーンに出自を持つ作品を広く見て廻り、デモシーンにおける「グラフィック」の多面性と多層性を確認します。

デモシーンはグラフィックという書法 writing method によって支えられています。

鑑賞レベルにおいては、専ら「格好良さ」や「美しさ」を価値基準に動いている世界に見えるのですが(それらも問題含みの観念であるけれど、ここで問うことはしません)、書法は単一ではありませんし、つねに「上品」を装っているとも限りません。

このささやかな記事は、デモ作成の具体的なテクニックというよりも、時に気味悪く、エロティックで、無用で、喧しく、ばかばかしく……つまりはデモシーンの猥雑さの発見を任務としました。

♠Bad Scene Poetsという表題はate bitBad Scene Poets Are Backよりお借りしました。

♠This article's title "Bad Scene Poets" is quoted from the product (C64 Demo) "Bad Scene Poets Are Back" released by ate bit. Greetings to 4mat, Ne7, Raquel Meyers, goto80, Linde, Mathman, Jazzcat, Dino, Jucke, Poison, Mermaid, Sander, lukiss, cTrix, TokyoDemoFest crew, contributors for DEMOSCENE.JP, kabaki, and lucidonn. When writing this, I was much inspired by you. Many thanks.
I plan to write more in both English and Japanese about "AcidT*rroreast" at another place.

はじめる前に、まぎらわしい用語について一言。

Demo-graphicsとは、通常は「人口統計」を意味しますが、この文章においては、直訳的に、また漠然と、Demoにおけるヴィジュアル面を指しています。

1.DemoからGraphicsへ

 

メガデモ、端的にデモの大きな前提とは、つねに「視聴覚的表現」 audio-visual presentations である点につきます。

言いかえるなら、それは、デモの仕組みや意匠に左右されない不変的要素です。

他の視聴覚的表現からデモを分かつのは、それらが実行可能なプログラムによる、リアルタイムでの映像表現を目的として制作される点です。

記録物の再生 replay ではなく、プログラムの実行を通した効果の生成 generation ないしは実演が、いつの時代にも共通した「彼ら」の使命であり、またルールです。

Consistency of Demos - Completeness / Uncompleted

デモは、作品としての完結性を求められます。完結性とは何でしょうか。

 Cooperative work / products with signatures

シーナーおよびシーナーが協同した「グループ」によって制作され、署名をもつ

 Run through, anyway - It's VISIBLE

いかなるバグがあろうと、ともかく動く。可視的である

 Runnable, but not operable - It's AUTOMATIC

多くの作品は即興性と相互性を排したリニアな時間軸で展開する

 Output to rectangular screen

スクリーンという矩形の枠内に投影される表現である

 For rules and "rulez"

コンペティションにおけるルールの遵守。誰を称賛の対象に選択するかが同時に選択者をも規定する

 Graphicus

一方で、デモは、しばしば進行中の実験の報告への傾向性を有しており、その意味で未完結性につき纏われています。本質的にpreviewだと言い換えられるかもしれません。

ここでデモの起源が、商業ソフトウェアにパラサイトするCracktro(CrackIntro)に求められることを、思い出しても良いでしょう。ややセンセーショナルな言い方を許して貰えれば、デモは元々はインディヴィジュアルな作品として企図された訳ではなく、偶然にも作品となってしまったのです。

デモは10分もあれば長編の部類に入ります。1時間を超える作品もないわけではありませんが、そのようなデモも「長回し」によって構成されてはおらず、細かいパートとカットに分かれていることがほとんどです。シームレスな映像であるなしに関わらず、「シークエンス」に注目するとデモをより面白く見ることができるでしょう。むろん、当事者たは完成を目指すのですが、それでもプロダクトに備わる断片性あるいは序文的性格をデモの副産物とは言い切れません。

「デモ」がいくら"Movie"や"Film"に似ていようとも、"Demo"という名で呼ばれ続ける背景に、想像をめぐらしていただけたでしょうか。

ところでgraphicという単語をWeblio辞書で引いてみると、次のような定義を確認できます。

3 文字の,記号上の,文字[記号]による.

この語の含意する広がりを、これから見ていくことにします。

2.GraphicsからPixelへ

 

Pixel artist

EldoradoのGOTは、当サイトに寄稿された「What's demoscene and History of japanese demoscene.」というタイトルの日本のデモシーンを回顧する記事において、デモを語るにあたり、次のような簡潔な定義からはじめています。

デモシーンというと、コンピュータアニメーションと同様と捉えている人もいるかと

思うが、筆者の最近の認識ではプログラミングによるアートだと思っている。

いわゆるフラクタルや L-System に見られるようなリカーシブグラフィックス、

プログラムによるモデル、テクスチャ生成等で見せる映像ということである。

これは一面でまぎれもない事実です。一方で、デモシーンのグラフィックを支えるのは映像=動画(「書き言葉」としてのグラフィック)だけではありません。

様々なスキルの持主によって構成されるデモシーンには、グラフィックを専門とするGraphicianと呼ばれる人たちがいます。

Graphicianという、あまり耳にしないであろう名の由来を確かめておきましょう。

1988年から89年にかけて、C64シーンではDiskmagという新しいメディアが地位を築きました。DiskmagあるいはDisk magazineとは、フロッピー・ディスクを配布形態とした、シーンの/による/のためのジャーナルです(Newscopyが『Recollection』誌に寄せた「Differentiate or Die」は、C64 Diskmagの歴史を知る上で、大変有用な記事です)。

その黎明期において、最も成功を収めたDiskmag『Sex'n'Crime』の編集者、OMGがGraphicianという語を発明し、浸透させたと言われています。

Sex'n'Crime #003 / Amok [1989]
同誌における表記はGRAPHICIANではなくGRAPHICANで統一されている

 

彼らのなかでも、Pixel artistと呼ばれる専門家たちを、まず紹介しましょう。こちらの方が、私たちには馴染みのある職業名かもしれません。

コーダーによる「動き」のグラフィカルな現実化がつねにホットな話題である一方で、静止画をベースとする彼らの活動は、もしかしたら相対的に「落ち着いて」見えるかもしれません。

Pixel artistの存在が際立つのは、特にC64やAmigaの「oldskool」デモです(BitFellas ArtCityCommodore 64 Pixel Art Galleryを参照)。

C64 Demoscene Graphics Collage [2010]
Edit: ptk78, Music: DRAX "The Pulse"

@h013の投稿「Pouet超活用術」でも言及されていることですが、デモシーンに必要不可欠な要素が「ロゴ」 Logo (Logotype、Logo artとも呼ばれる)です。Amiga Music Preservationのみならず、デモシーン関連のアーカイヴ・サイトやポータル・サイト、イベント・サイトは必ずと言って良いど、ロゴに配慮しています。

デモシーンを構成するグループにもそれぞれ、プロダクトで使用するためのロゴがあります。

ロゴの描き手を、Pixel artistのなかでも、あるいは彼らとは別に、Logo graphicianと呼びます。

グループのメンバーの増減はデモシーンではさしてめずらしいことではありませんが、歴史あるグループほど自分たちのロゴに固執します。また、消えたグループも、ロゴとともに想起されます。なぜかと言って、この世界において、もっとも重要なものの一つが「署名」だからです。この場合の「グループ」とは、音楽におけるバンドやユニットより、むしろ結社であり器であると言えるでしょう。途方もない数の固有名のなかから、今も昔も、デモシーンはつねに誰かを思い出しています。

Commodore 64: 8 Bit Legend / Mike Berry (The Kernal) [2012] より
数々の(デモ)グループの"Logotype" (5:12-6:40)

Demoscene Urbanism - Underground, Town, and Street

色とりどりのロゴから、ヒップホップにおけるGraffitiとの類似性に気づく方は多いはずです。

デモシーンの文化的源泉には間違いなく、ヒップホップが存在します。それは形象にとどまらず、語彙(oldskoolとnewskool)や音楽的手法の模倣にまで及んでいます。

Live Axxion The Showdown (Amiga AGA Demo) / Up Rough [2004]

大きなパーティではスポンサーがつくほどの成熟を見せたデモシーンを、「メインストリーム」への憧れと承認という観点から見直すこともできるかもしれませんが、私見ではそれはやや退屈です。

繰り返しになりますが、デモシーンの猥雑さを無視することはできません。ヒップホップとの類似から語るなら、アンダーグラウンド、ストリートの側面を見落してしまっては、骨抜きになってしまうでしょう(Newscopyが、digital societyやscene townといった語を用いていることを注記しておきます)。

デモシーンの歴史を紐解こうとするなら、古より存在するプロテクト解除(クラッキング)、ハッキング、許可なきサンプリング等々の要素を避けて通ることはできません。

Spin-off

Graphicianの発表の舞台はスクリーンだけではありません。デモシーンを彩ってきたアイテムには、Paper magやDisc cover等のアナログ・メディアも存在します。

Recollection #3 Cover / Mermaid [2010]

 

オランダのgraphician、Sanderの監督したミュージック・ビデオは、ご覧いただける通り、解像度やアニメーションの滑らかささえ異なりますが、C64の配色をもとにした作品です。chip musicにおける「8-bit」のような、デモシーン(という概念)の抽象化と偏在化は、単なる「ノスタルジックな気分」を超えて、私たちにコンピュータの可能性に目覚めさせてくれます。時には危機感を読み取るための兆候ともなります。

Comtron - M.O.N.E.Y. - Directed by Sander [2007]

3.GraphicsからTextへ

 

Text! Text!

デモシーンはイメージが溢れる一方で、おびただしい量の文字列が消費される領域でもあります。

私たちはデモシーンのどこにテキストを見つけることができるでしょう。至る所に、です。

先述の通り、デモには署名がつきものです。それをいったい「誰」が、「いかに」作ったのか、という点が一番の争点だからです。何らかの事情で署名の欠けたプロダクトがあったとしても、解析による痕跡の調査を通じて、クレジットが付け加えられる場合も少なくありません。

そして優れたプロダクトの作り手(個人、グループ)は、「名誉」という報酬を受け取り、彼らの作品もろとも、もう一つの世界で語り継がれることになります。

またデモシーンには「名前」に特化した、greetingsまたはgreets(greetz)という固有の挨拶表現が存在します。greetsが捧げられる対象は、友人や家族、面識のあるなしにかかわらず、大概は尊敬する相手(グループ)です。ポジティヴな価値付与行為と言えるでしょう。

デモの古典的エフェクトの一つには、スクロール・テキスト scrolling text というものがあります。現在でも、様々なプラットフォームで散見可能な表現方法です。再度ヒップホップとの類似から語るなら、スクロール・テキストはラップに相当するかもしれません(ただし、韻は踏みません)。

デモシーンのいちばんの華はコンペティションにほかなりません。優劣はいつも好まれてきた話題です(charts、elite/lamer)。コンペティションの結果はResultsという、テキスト形式のランキングにまとめられます。このテキストには、しばしばASCII artまたはANSI artによる装飾が施されています。

Revision 2012 Results / ne7 [2012]

 

テキストが今なおデモシーンで大事な要素でありつづけ、拡張をやめていないことを、別の面から見てみましょう。

デモシーンにおける伝統的な音楽制作ソフトウェア、Trackerを電光掲示板のように使用した例です。

Impulse Tracker animation by vV (Vincent Voois) [2007]

vVの作品は、StrobeFluxによるMilkyTrackerを用いたアニメーション、Paralysicalへの応答として制作されたものであるようです。

このような縦スクロールのトラッカー・アニメーションは、日本で一定のポピュラリティを得ている、Music Animation Machineを用いた横スクロールの「MIDIアニメ」とも比較可能でしょう(私たちはその際に書法から記法へと検討の範囲を広げる必要があります)。

Super Mario World 1-3 (MIDI Animation) by VirusKey [2008]

さらに、今ではあまりに一般化してしまった音楽のヴィジュアライゼーションを、文字で実現した例。音と映像の同期という意味では、これも「デモ」です。

All You Know (is Wrong) / Fanta [2006]
Code: Warp 8, Music: Fanta

さて、Resultsでひと足先に触れてしまいましたが、デモシーンにおいて見過ごせないのがASCII artです。後者の方が歴史は古く、すべてを前者に関連付けるわけにはいきません。しかし、ASCII artもデモシーンも、BBSという共通の活動領域として持っていた点は絶えず確認されるべき事実でしょう。

さしあたり、このように結論づけます。コンピュータ・テキストは「グラフィック」の「話し言葉」に相当する。

ここではASCII artの歴史を振り返る紙幅も時間も残されていません。AmigaにおけるASCII artが、デザインを維持したまま一つのサイトに近年まとめられたのは画期的な事例だけを紹介しておきます。

ASCIIARENA / Up Rough

デモはプラットフォームや容量等で区分されますが、そのなかには、Text mode demosというセクションも存在します。これらのプロダクトは、GOTの言ういわゆる「プログラミングによるアート」に倣ったものであると言えます。

TMDC 12 Compofiller (Windows Demo) / TRSI [2009]

C64シーンから。これもテキスト・デモに入ります。スクロール・テキストが活用されている点に注目してみて下さい。

Disappear / M&M (C64 Demo) [2007]
Code: MagerValp, Music: zabutom

4.PETSCII, or C64 text/graphics mode

 

PETSCIIまたはPETASCIIとは、1960年代に制定されたASCII(American Standard Code for Information Interchange)のヴァリアントの一つであり、コモドール社のコンピュータに(のみ)採用されたキャラクター・セットを指します(因みに非公式名称です)。PETの三文字は、1977年に販売されたCommodore PETの略称に由来します。

下図のように、ASCIIのキャラクター・セットにグラフィカルなシンボルが多数追加されています。

PETSCII
『Commodore 64 Programmer's Reference Guide』(1982, Commodore Business Machines and Howard W. Sams)より

 

PETSCIIの異色さは、text graphicsとも呼びならわされるように、テキスト・モードとグラフィックス・モードの両方を兼ね備えている点です。

コモドール固有の文字コードとコモドールBAISCのユニークさは、BBSという領域を超えて、今まさに、同時に見直されつつあります。

PETSCII animation

先に「グラフィック」を、書き言葉と話し言葉とに暫定的に区別しました。PETSCIIアニメーションにおいて、私たちはそのような二分法の錯乱を目の当たりにします。

スウェーデンのグループ、Judasに所属していた、Poisonのテキスト・エディタを利用したデモです。編集によって後から音楽を足してもいませんし、早回しをしている訳でもありません。「note_001_POISON.t64」という一つのファイルをロード、実行すれば、全てはリアルタイムで進行します。つまり、ここでもデモの原理原則は踏まえられています。

Notemaker Demo II / Poison (Excerpt) [2003]

同じく、JudasのJuckeDinoによるC64上で開発された作品になります。これはFRAKというバンドのミュージック・ビデオとして制作されました。スウェーデンという国におけるデモシーンの身近さを感じさせる事例です。Dinoが美学校で教育を受けてきた点を付記しておきます。

FRAK's "digitry" [2010]
PETSCII animation by Dino and Jucke

先日、同じくスウェーデンの音楽家・シーナーであるgoto80は、Dino(Erik Nilsson)へのインタヴューを自身のブログで公開しました。

Realtime Text /2/ Interview with BBS-artist (CHIPFLIP)

彼は世界でもっともテキスト・シーンの行く末を気に掛けまたその可能性に賭けている人物です。自身のグループ、Hach n'Tradeにおいても、MathmanとともにPETSCIIをフィーチャーしたデモを制作しています。

PETSCIIデモの総数が今後劇的に増えることはないでしょうし、彼自身もおそらく「カウンター」であることを知りつつ、作品を提示しています。

goto80はデモシーンにおける「小ささ」、マイノリティへの注目によって、猥雑さを創出すると同時に自ら「ノイズ」となろうとしているかに見えます。

Goa brudbilder 2 / Hack n'Trade [2007]
Code: Mathman, Music: Goto80

「古くて新しい」PETSCIIに拘ることは、C64シーンにおいても奇異な書法に映るようです。しかし、これが2000年代に入って再発見されている書法であるのは確かです。

10 PRINTのような本の出版と企図の持続は、C64が西洋においてはあらゆる冒険の「テスト」にこの上なく適したコンピュータでありつづけていることを雄弁に物語っています。

「限界に挑戦する/を突破する」はデモシーンの標語です。しかしこれは単なる懐古や意地のために人々が発しているわけでもありませんし、この世界の所有物でもないのです。

私たちは今や、いかにドメスティックなデモシーンにいかに関わるか、ではなく、デモシーンを通していかにデモシーンを再発見/再思考する段階にいます。

Thread Up (18byte C64 Demo) / ate bit [2012]

Raquel Meyers

現役のPETSCII artistとして忘れてはならない、Raquel Meyers(AcidT*rroreast)を最後に紹介します。スペイン出身の彼女は、現在、活動拠点をスウェーデンにおきPETSCIIのみならず複数のプラットフォームのテキスト・モードを様々な場所に転移させています。近年のgoto80との実り豊かなコラボレーションは、あるいはデモシーンの「猥雑さ」の鮮やかな例かもしれません。

In the Name of the Sword / Hack n'Trade [2011]
Code: Linde, Music: goto80, Graphics: AcidT*rroreast

2011年には、コペンハーゲンにおいてjacob sikker reminとgoto80と三者で、発表の場をスクリーンではなくFAXに選び「Fax & Frankering for Folket」という名のインスタレーションを開催しました。

紙上に転写、コラージュ、「汚された」C64のテキスト・グラフィックスはなお、PETSCIIと十分に認めることができます。

FAX

FAX / Raquel Meyers

 

自らの活動をテキスト・モードを介したストーリーテリングと認めているように、彼女は最早デモシーンがデモシーンのもの domain だけでなくなっていることを深く自覚している表現者の一人であるかもしれません。

それにしても彼女の関わった作品が重苦しさをはなれて、清々しいまでに残酷で明るさを保っているのは見事というほかありません(ミニマリズムという参照項から、デモシーンを把握し直そうとしているviznut率いるフィンランドのグループ、Pers' Wastaiset Produktiotのプロダクトとは対照的です。彼らの試みを語るには、また別の場所が要ります)。

ただそれをポスト・デモシーン等という名で装飾したくはありません(デモシーンもまた、Meyersの活動領野に入っているのですから)。デモシーンが新たに「見出される時」には、これからもテキストが、グラフィックの多層性が不可欠であろう、というだけです。その可能性に今仮にDemo-graphismという名を与えてみたいと思います。

Present

 

「Fax & Frankering for Folknet」のペーパーバックを一名の方にプレゼントします。内容はこちらをご覧ください。

‘Fax for Folket’ Paperback book

 

ご希望の方はツイッター上か、メールでその旨を当方にお伝えください(その際に住所・連絡先を通知する必要はありあません)。当選者には私からのメールで住所をお聞きする、という流れになります。一名以上の応募があった場合は抽選になります。

2012年12月31日で締め切ろうと思います。お気軽にご応募ください。

ここまで閲覧いただきありがとうございました。

(本文では敬称略とさせていただきました)

赤帯 akaobi

akaobi0827@livedoor.com

SID Media Lab: http://akaobi.wordpress.com/

Comments (0) Trackbacks (0)

No comments yet.


Leave a comment

Trackbacks are disabled.